脱炭素して不動産価値を上げよう 「省エネ建築」後進国ニッポン(後編)

脱炭素に向けて、建築や不動産は何をすればいいのか。ビルオーナーだけでなくテナント企業も、ビルの省エネ性能の改善を求め始めている。さらに今後は、健康や快適性も重要なテーマになる。前編に続き、CSRデザイン環境投資顧問の堀江隆一社長に、海外の事例を交えながら解説してもらう。

 

図1

デザイン環境投資顧問の堀江隆一社長(写真:都築雅人)

 

——パリ協定の2℃目標に向けて、建築業界や不動産業界は何をすべきでしょうか。

建物の省エネ改修は大事ですが、入居テナント企業の協力を含めた運用改善も重要です。日本では、省エネの優遇措置がビルオーナー向けのものばかりで、テナントが運用改善に取り組んだことに対するインセンティブが足りません。

海外にはさまざまなテナント向け表彰制度があります。米国ではDOE(エネルギー省)が「グリーンリースリーダーズ」を設け、グリーンリースの普及に貢献したビルオーナーや仲介事業者、テナントを年1回表彰し、公表しています。グリーンリースとは、省エネ設備導入に伴う改修後の費用削減額を、ビルオーナーとテナントが分配することなどを事前に契約書や覚書で確認するものです。

シンガポールには日本のCASBEE(建築環境総合性能評価システム)に相当するグリーンマーク認証があります。その最上ランクのさらに上に「BCAグリーン マーク・パール賞」が設けられました。これはグリーンマークの認証取得に加え、テナントがグリーンリース契約を締結し、運用改善に取り組むビルオーナーやテナントを表彰する制度です。

大切なのは、オーナーだけでなくテナントの環境負荷軽減の努力も認知される点でしょう。日本でもこうしたテナント向けの誘導政策が必要だと思います。テナント企業も、不動産会社と同じようにTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やSDGs(持続可能な開発目標)を含めた対応が求められているわけですから。例えば、入居するビルの省エネ性能によって、テナントの事業所税を差別化する施策なら、日本でもすぐに導入できるのではないでしょうか。

 

——日本におけるグリーンリースの状況をどう見ていますか。

グリーンリースに関しては、環境省を中心とした補助金や東京都の助成金制度もあり、それなりに理解は進んでいると思います。3年ほど前までは、グリーンリースと言うと観葉植物のレンタルだと思われていましたが、そうした勘違いはなくなりましたから。

日本でグリーンリースというと、オフィスビルにおける照明のLED(発光ダイオード)化などの改修をオーナー負担で行い、節電によるメリットの一部をグリーンリース料として還元するスタイルと思われがちです。

海外ではもっと幅広く捉えられています。オーナーとテナントの間で、省エネや室内環境の改善にともに努力する義務条項を取り交わし、エネルギー消費量データを共有しつつ共通の目標設定をして、共同で省エネ協議会を定期的に設けるなど、運用段階でも継続的に取り組みます。こうしたグリーンリースは日本ではまだ理解不足でしょう。

理由として挙げられるのはテナント側の意識の問題です。日本では、オーナーがビルを改修する時にテナントに協力を求める動きが主流ですが、海外では、テナントが優秀な社員の獲得や生産性向上のため、省エネ性能はもちろん、健康や快適性の改善をリース時にオーナーに要求するケースも多いのです。

テナント企業には、性能が劣ったビルに入居すると、人材確保に悪影響を与えるという切迫感があります。日本でも働き方改革や健康経営が叫ばれていますが、オフィスにおける快適性や生産性向上の議論は十分に盛り上がっているとはいえません。

日本には省エネのために、暑くても我慢するという意識がまだ残っていますよね。海外で省エネは、Energy saving(エネルギー節約)ではなく、Energy efficiency(エネルギー効率)であり、一定の快適性を保ちながらエネルギー消費削減に取り組んでいます。グリーンリースはそれを実現するための施策でもあるのです。

 

図2

グリーンビルは、環境性能だけでなく、健康と快適性(Health & Well-being)の視点からも評価される。Well-beingとは、本来は快適性よりも広い概念で、幸福感や心身の健康、社会的つながりなどを含んだ考え方。環境性能に加え、「健康と快適性」を不動産の市場価値、不動産鑑定に反映させようとする動きもある(資料:CSRデザイン環境投資顧問)

 

太陽光発電でバリューアップ

——建物と太陽光発電に関して、海外ではどのような動きがありますか。

米国にはPACEという制度があります。太陽光発電パネルを搭載すると建物の価値が高まるので、自治体などが導入時のコストを融資し、オーナーが長期間にわたり固定資産税に上乗せして返済する公的なシステムです。こうした融資の仕組みを日本に応用できないか考えていますが、太陽光発電パネルを搭載すれば不動産価値が高まることが前提なので、現状ではまだ難しいかもしれません。

英国には世界の不動産鑑定の評価方法に影響力のあるRICS(英国王立チャータード・サベイヤーズ協会)という組織があります。そのガイドラインによると、不動産鑑定士はオーナーにサスティナビリティーに関する情報を聞くことが義務になっています。もし回答が得られない場合は、最悪の条件で物件の査定を行います。そのため、オーナーは情報を積極的に開示するようになり、脱炭素に取り組めば査定価格の差となって示されます。

不動産鑑定について、「鑑定とは市場を反映することで、市場を先取りすることはできない」と言われています。日本でも、太陽光発電パネルを搭載した建物の価値や経済性を評価する取引事例が出てこないと、鑑定評価には反映されにくいですね。とはいえ、市場価値は鑑定評価を参考に決められます。まさに鶏と卵の関係ですが、今後変わっていくのではないでしょうか。

そもそも日本での物件取得の際に行うデューディリジェンス(査定)には、省エネを含む環境性能がほとんど入っていません。GRESBの評価結果を見てもここまで軽視されているのは、先進国では日本だけと思われます。環境性能ラベルの普及が進まないことの裏返しでもあるので、このあたりも改善の余地があるでしょう。

 

図3

環境性能が高いビルは賃料、入居率、不動産価格が高い「グリーンプレミアム」となり、環境性能が低いビルは賃料、入居率、不動産価格が低い「ブラウンディスカウント」となる。今後、市場平均としての環境性能が向上すると、ブラウンディスカウントの占める割合が増加し、何も手を打たないビルは「座礁資産」になる(資料:CSRデザイン環境投資顧問)

 

——太陽光発電についてはどのような展望を持っていますか。

都心部の高層ビルで、床面積に対する屋上の設置スペースを考えるなら、太陽光発電の積極的な導入は正直難しいと思います。壁面を利用した設置や、ショーケース的な意味で導入する意義はありますが、実態としては再生可能エネルギーを調達したとみなす「グリーン電力証書」の活用が有用と考えます。

オフサイト(敷地外)の再生可能エネルギーの活用には2つの方法があります。一つは「生グリーン電力」と呼ばれるもので、離れた場所の再エネ電力を送電線で供給し、消費する方法です。東京の「新丸ビル」で導入されていますね。

より一般的に導入しやすいのが、再エネ電力から「グリーン」の価値を切り離したグリーン電力証書です。RE100でもグリーン電力証書は再生可能エネルギーとして認められています。その活用が、オフサイトでの太陽光発電の普及と、都心のビルで再エネの比率を増やす鍵になると思います。

もう一つの方法は、エリアベースでのエネルギーマネジメントに再生可能エネルギーを組み込むことです。オフィスや商業施設は主に昼間に電力を使いますが、住宅では主に夜間に電力を使う。その両者のエネルギー需要の最適化を図る考え方は、スマートシティーと呼ばれるプロジェクトではすでに実践されています。

こうした仕組みに太陽光発電を組み込むことが考えられます。いずれにしても、単体のビルだけで技術的に頑張るのではなく、グリーン電力証書のような制度的工夫やエリアマネジメントの考え方を取り入れるのが現実的なのではないでしょうか。

 

——エリアのエネルギーマネジメントでは中小ビルがどう連携するかが課題ですね。

そうですね。大規模ビルがコアになり、周囲の中小ビルが参加することはあり得ると思います。

ただ、所有者が異なる中小ビルの集積エリアは難しそうです。その場合はやはりグリーン電力証書の活用が適当かもしれません。繰り返しになりますが、テナント向けのインセンティブや表彰制度も有効でしょう。

 

——省エネ性能はもちろん、健康や快適性の改善を考えると、欧州で一般化している外皮性能の向上はもっと注目されるべきです。

日本では特に窓の基準はもっと厳しくしたほうがいい。先進例としてよくドイツと比較されますが、実際は隣の韓国よりも基準が緩いのが実情です。

本来はベースとなる建築の外皮性能をまず高め、その次に設備を検討するという順番だと思います。しかし、日本の場合、設備改修には積極的なのに、断熱改修の取り組みはまだ少ない。ビルオーナーや不動産ファンドにとって、断熱改修の費用対効果がわかりにくい面もあると思います。そもそもあまり話題に上らないですよね。

 

——日本で断熱改修を普及させるにはどうすればよいでしょうか。

窓に遮熱フィルムを貼る簡易的な省エネ改修はよく見かけます。不動産会社やファンドも外皮に問題があることはわかっているのだと思います。ただ、費用対効果がよくわからないので、本格的な改修に踏み切れないのではないでしょうか。

外壁や窓の断熱改修はコストがかかりますし、テナント入居中は施工が難しいため、ちゅうちょしているのかもしれません。とにかく成功事例を増やし、エネルギーコストの削減だけでなく、賃料や鑑定評価も含めた費用対効果を数字で示すことが重要です。そうすれば、経済合理性を重視した断熱改修の市場がつくられると思います。

 

図4

左が堀江氏、右が小原隆=省エネNext編集長(写真:都築 雅人)

 

(日経 xTECH「省エネNext」公開のウェブ記事を転載)


 

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